檜目村(読み)ひのめむら

日本歴史地名大系 「檜目村」の解説

檜目村
ひのめむら

[現在地名]新鶴村鶴野辺(つるのべ)

境野(さかいの)村の北にあたり、赤沢(あかさわ)川左岸に位置する。近くに宮(みや)川(鶴沼川)もあり、両川の洪水で被害を受けた。北東の端村檜目新田は鶴沼川と赤沢川に挟まれた所で、寛永二年(一六二五)に開かれた。「会津風土記」に日目(ひのめ)村と記される。境野村から牛沢(うしざわ)堰が流れ、西の根岸(ねぎし)村へ注ぐ。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に日目とあり、高一三〇石余。寛文五年(一六六五)の「高田組郷村万改帳」に檜野目村とあり、本田高一七五石余・新田高五六石余、本村の家数一八、竈二三、男五二・女四六、馬九(うち五調一)・牛二、端村出(で)新田は家数五、竈六、男一七・女一一、馬三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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