欽塾跡(読み)きんじゆくあと

日本歴史地名大系 「欽塾跡」の解説

欽塾跡
きんじゆくあと

[現在地名]鴨方町鴨方

浄光じようこう寺から道を隔てて南にあった。西山拙斎が開いた私塾。若くして上方で学んだ拙斎は安永二年(一七七三)故郷鴨方の自宅至楽居しらつきよの敷地内に開塾した。至楽居の左手前に位置。安永頃の教師一名・門生男一三〇名(岡山県教育史)。経史を重んじ精読をすすめ、詩文をたしなみ、習字楷書を旨とした。怠惰驕慢軽佻浮薄を慎み、仁義孝悌を説いた(「塾生隷業課程」県立鴨方高等学校蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 怠忽

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む