日本歴史地名大系 「鴨方村」の解説
鴨方村
かもがたむら
[現在地名]鴨方町鴨方
鴨山の南東に位置し、北は
慶長一一年(一六〇六)の徳川家康朱印状(高山公実録)で、浅口郡河村の高二千六八四石余は伊予今治藩藤堂高虎の采地となった。河村は当地のこととされる。
鴨方村
かもかたむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鴨山の南東に位置し、北は
慶長一一年(一六〇六)の徳川家康朱印状(高山公実録)で、浅口郡河村の高二千六八四石余は伊予今治藩藤堂高虎の采地となった。河村は当地のこととされる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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