歓喜光院跡(読み)かんきこういんあと

日本歴史地名大系 「歓喜光院跡」の解説

歓喜光院跡
かんきこういんあと

京都市左京区の平安神宮境内の北西地域および、それより西の元京都市立芸術大学音楽学部の北部敷地にあった寺。尊勝(そんしよう)寺跡の北にあたり院地は東西二町と推定される。初め天台宗、のち臨済宗の京都南禅寺に属した。鳥羽上皇の皇后美福門院藤原得子の御願寺として永治元年(一一四一)二月二一日に創建され(百錬抄・元亨釈書)、諸国に所領地二六を有した(後宇多院領目録)。院政期の代表的寺院の一つである。永暦元年(一一六〇)美福門院の死後その娘八条院子が伝領し、歓喜光院別当として鳥羽上皇第七皇子覚快法親王が入寺した(青蓮院門跡略伝)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む