日本歴史地名大系 「歓喜光院跡」の解説 歓喜光院跡かんきこういんあと 京都市:左京区岡崎村歓喜光院跡京都市左京区の平安神宮境内の北西地域および、それより西の元京都市立芸術大学音楽学部の北部敷地にあった寺。尊勝(そんしよう)寺跡の北にあたり院地は東西二町と推定される。初め天台宗、のち臨済宗の京都南禅寺に属した。鳥羽上皇の皇后美福門院藤原得子の御願寺として永治元年(一一四一)二月二一日に創建され(百錬抄・元亨釈書)、諸国に所領地二六を有した(後宇多院領目録)。院政期の代表的寺院の一つである。永暦元年(一一六〇)美福門院の死後その娘八条院子が伝領し、歓喜光院別当として鳥羽上皇第七皇子覚快法親王が入寺した(青蓮院門跡略伝)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by