正護寺(読み)しようごじ

日本歴史地名大系 「正護寺」の解説

正護寺
しようごじ

[現在地名]山口市大字陶 寺家

臨済宗東福寺派。万松山と号し、本尊釈迦如来。

寺伝によれば延文年中(一三五六―六一)陶弘政によって建立開山は傑山寂雄という。弘政の父弘賢は、大内氏の一族右田氏の五代重俊の弟で、この地を領し陶氏を称した。居館も現正護寺の前方台地にあったらしく、築地ついじ外門がいもん・馬屋の壇・御茶屋の壇・勘定場・大門などの地名が残る。寺もこの居館近くに創建したわけである。

寺は永禄一二年(一五六九)に大内輝弘山口乱入の兵火によって焼失

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む