武代村(読み)たけだいむら

日本歴史地名大系 「武代村」の解説

武代村
たけだいむら

[現在地名]鹿島町武代

佐陀本郷さだほんごう村の北に位置し、東も同村、南西浦。村の南部を佐陀川が貫流している。承久三年(一二二一)に後鳥羽上皇が隠岐配流の際供奉した将士のうち中村某は、都へ帰らず当地に居宅を定め、開墾したのが当村の起源と伝える。村名も武士の代に開成した地というので武代と名付けたという。正保国絵図に村名がみえる。元禄十年出雲国郷帳では高一九二石余、寛文四年(一六六四)の本田高一八八石余・新田高五斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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