武勝貝塚(読み)むしようかいづか

日本歴史地名大系 「武勝貝塚」の解説

武勝貝塚
むしようかいづか

[現在地名]山武町武勝

作田さくだ川支流成東なるとう川の上流、標高四九メートルの下総台地上にある。縄文時代中期後葉から後期後葉の遺跡。三ヵ所に貝塚が点在し、加曾利E式期と堀之内式期が形成時期。昭和三四年(一九五九)に最も大きいA地点貝塚が発掘調査された。ハマグリ主体とする純鹹貝塚で、チョウセンハマグリダンベイキサゴも多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む