日本大百科全書(ニッポニカ) 「死を忘れるな」の意味・わかりやすい解説
死を忘れるな
しをわすれるな
Memento Mori
イギリスの女流作家、M・スパークの長編小説。1959年刊。70歳以上のかつての名士才媛(さいえん)たちばかりが住んでいる老人ホームを舞台に、「死ぬことをお忘れなく(メメント・モリ)」という無気味な脅迫電話がかかってくるところから始まる。この中世以来の死の省察を促すことばが犯罪と結び付くことにより、老年の静穏と栄光とは逆の生臭い人間模様が展開される。滑稽(こっけい)で残酷な場面を乾いた文体で描きながら、笑いのうちに日常の次元を超えた世界に導き入れ、こうした無気味さこそ信仰への誘いであることを読者に悟らせる。彼女一流の技法がもっともみごとに開花した作品である。
[出淵 博]
『永川玲二訳『死を忘れるな』(1964・白水社)』