比丘尼平遺跡(読み)びくにだいらいせき

日本歴史地名大系 「比丘尼平遺跡」の解説

比丘尼平遺跡
びくにだいらいせき

[現在地名]米沢市万世町堂森

羽黒(はぐろ)川と天王(てんのう)川(梓川)に挟まれた堂森(どうもり)山の西から南にかけての微高地(標高二五四メートル)にある。縄文時代前期から平安時代にわたる遺跡。桑山(くわやま)遺跡群の一。規模は南北四二〇メートル、東西三五〇メートル。昭和五三年(一九七八)から同六二年にわたる三回の発掘調査で、縄文時代晩期の土壙一基、古墳時代前期塩竈式期の方形周溝墓三基・土壙四基、塩竈式期の竪穴住居跡一棟、平安時代以降の掘立柱建物跡七棟が検出された。竪穴住居跡は長径五・七メートル、短径五・四メートルの隅丸方形で、土師器坩一・器台三・紡錘車が出土している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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