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毛利斉広 もうり なりとお

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美術人名辞典の解説

毛利斉広

江戸後期の大名。長門萩藩毛利家十二代当主十代斉熙の次男。幼名は保三郎、号は泰斎。将軍家斉の十八女和姫を夫人に迎える。従四位下侍従、左近衛権少将。天保7年(1836)歿、23才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

毛利斉広 もうり-なりとお

1814-1837* 江戸時代後期の大名。
文化11年5月16日生まれ。毛利斉煕(なりひろ)の次男。天保(てんぽう)7年長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩主毛利家12代となる。在任わずか20日間で,同年12月29日死去。23歳。学問をこのみ,「事斯語(じしご)」「本固論」などの著述をのこした。初名は崇広。号は泰斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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