毛利斉広(読み)もうり なりとお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「毛利斉広」の解説

毛利斉広 もうり-なりとお

1814-1837* 江戸時代後期の大名
文化11年5月16日生まれ。毛利斉煕(なりひろ)の次男天保(てんぽう)7年長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩主毛利家12代となる。在任わずか20日間で,同年12月29日死去。23歳。学問をこのみ,「事斯語(じしご)」「本固論」などの著述をのこした。初名は崇広。号は泰斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「毛利斉広」の解説

毛利斉広 (もうりなりとう)

生年月日:1814年5月16日
江戸時代後期の大名
1836年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む