水沢鉱山跡(読み)みずさわこうざんあと

日本歴史地名大系 「水沢鉱山跡」の解説

水沢鉱山跡
みずさわこうざんあと

[現在地名]和賀町山口

和賀川中流南岸の岩沢いわさわにあった銅鉱山。寛文元年(一六六一)花巻の清水甚兵衛が発見したと伝える。「雑書」同一二年七月六日条によれば、水沢山から掘出した銅は一千九四五貫六〇〇目で、うち一割は十分一役として上納、残り一千七五一貫四〇目と小数一四三枚は、山師川口かわぐち(現花巻市)喜兵衛・煤孫すすまご村伊兵衛が他領へ売却している。延宝二年(一六七四)六月一三日条には銅九千六九三貫余を産出とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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