水野忠央 みずの-ただなか
1814-1865 江戸時代後期の武士。
文化11年10月1日生まれ。紀伊(きい)和歌山藩付家老,新宮城主。国書を翻刻して「丹鶴叢書(たんかくそうしょ)」を刊行。産業の育成,軍事の刷新にもつとめた。安政5年大老井伊直弼(なおすけ)と協力し,藩主徳川慶福(よしとみ)を14代将軍(家茂(いえもち))に擁立。桜田門外の変のあと謹慎を命じられた。元治(げんじ)2年2月25日死去。52歳。通称は藤四郎。号は丹鶴,鶴峰。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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水野忠央 (みずのただなか)
生年月日:1814年10月1日
江戸時代末期の紀伊和歌山藩士;新宮城主;江戸家老
1865年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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