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永久平和令 えいきゅうへいわれいDer Ewige Landfriede

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

永久平和令
えいきゅうへいわれい
Der Ewige Landfriede

1495年8月7日,ウォルムスの帝国議会で制定された法律。神聖ローマ帝国の領域内における私戦 (→フェーデ ) を禁止したもの。マインツ選帝侯ベルトルト・フォン・ヘンネベルクの率いる改革派諸侯と皇帝マクシミリアン1世の間の折衝の結果生まれた帝国改造計画の基本法で,これに伴い今後はドイツにおける政治的な権利紛争を実力行使によって解決することは許されず,それに代わって新設される帝国最高法院 Reichskammergerichtが訴訟という平和的手段を通じて紛争を処理することとなった。もとより,これ以後も実際には宗教問題などをめぐる武力闘争は起こるが,それでもこの法律によって帝国は,連邦的性格のものであれ,ともかくも一個の法的共同体としてある程度近代的な政治組織に転化したことを示している。 (→帝国改造運動 )

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典内の永久平和令の言及

【ベルトルト】より

…ヘンネベルク伯家の出で,1484年マインツ大司教となった。当時のドイツでは皇帝によるハプスブルク家本位の政治が目だち,帝国の制度的改革問題が再燃していたが,ベルトルトは改革派諸侯の指導者として1495年ウォルムスの帝国議会で〈永久平和令Ewiger Landfriede〉をはじめとする帝国改革を成立させた。とくにフェーデの禁止を決めた永久平和令は神聖ローマ帝体の解体にいたるまでこれを規定しつづけた。…

※「永久平和令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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