永富独嘯庵生家跡(読み)ながとみどくしようあんせいかあと

日本歴史地名大系 「永富独嘯庵生家跡」の解説

永富独嘯庵生家跡
ながとみどくしようあんせいかあと

[現在地名]下関市大字宇部

宇部の上町うべのかみまちの小高い丘の上に記念碑がある。江戸時代の医師・学者で精糖業の創始者であった永富独嘯庵は名は鳳、字は朝陽といい、松岡治左衛門の三男として享保一七年(一七三二)豊浦郡宇部村に生れた。

一一歳の時上京、のち赤間関あかまがせきの医者永富友庵の養子となり、一三歳の時、萩の井上玄静につき李朱の医方を修めるとともに山県周南に経学を学んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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