永山 盛輝
ナガヤマ モリテル
- 肩書
- 元老院議官,貴院議員
- 生年月日
- 文政9年8月5日(1826年)
- 出生地
- 薩摩国鹿児島(鹿児島県)
- 経歴
- 明治元年征東軍に薩摩藩兵の監軍として従軍し功をたてた。2年御東幸中用度司判事となり、ついで大蔵省の用度権大佑、民部省監督権大佑となった。さらに3年伊那県少参事、4年筑摩県新参事、6年筑摩県権令として学制の地方定着に尽力。同年から7年にかけて県下の230余校を巡察、各町村民に教育の功利的側面を説き、当時としては驚異的な就学率73%をあげ「教育権令」とよばれた。8年新潟県令、18年元老院議官を経て、24年勅選貴院議員となった。33年男爵。著書に「説諭要略」がある。
- 没年月日
- 明治35年1月17日
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報
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永山盛輝
没年:明治35.1.18(1902)
生年:文政9.8.15(1826.9.16)
明治初期の官僚。長野県の近代教育に尽力した。鹿児島藩士。男爵。幕末期に上京し国事に尽瘁し戊辰戦争で奥州各地を転戦する。維新後,会計官,大蔵省,民部省に出仕し,明治3(1870)年伊那県少参事,大参事となり廃県の結果筑摩県参事,6年には県権令に累進した。在任4年の間に,同県の教育普及に力を入れ学制施行(1872)前に郷学校百数十校を設けたという。また自ら学事奨励のため県内を巡回した。その記録『説諭要略』巻之1は有名。実用主義的,立身出世的教育観を説く。このほか筑摩県医学校兼病院,殖産関係では勧善社の創設などを行う。のち新潟県令,元老院議官,貴族院議員を歴任した。
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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永山盛輝 ながやま-もりてる
1826-1902 明治時代の官僚。
文政9年8月5日生まれ。もと薩摩(さつま)鹿児島藩士。明治6年筑摩(ちくま)県権令(ごんれい)となり,教育に力をそそぎ,学制施行前に郷学校百数十校をもうけた。のち新潟県令,元老院議官を歴任。貴族院議員。明治35年1月18日死去。77歳。通称は清右衛門,左内,正蔵。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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