永皎女王(読み)えいこうじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永皎女王」の解説

永皎女王 えいこうじょおう

1733*-1808 江戸時代中期-後期,中御門(なかみかど)天皇の第7皇女。
享保(きょうほう)17年11月22日生まれ。母は久世夏子寛保(かんぽう)2年京都大聖寺で出家し,住職となる。明和6年御所号をゆるされ,以後同寺は御寺御所ともよばれた。7年大和(奈良県)円照寺門跡(もんぜき)をかねた。文化5年閏(うるう)6月13日死去。77歳。幼称は倫宮(とものみや)。号は勝妙楽院。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「永皎女王」の解説

永皎女王 (えいこうじょおう)

生年月日:1732年11月22日
江戸時代中期;後期の女性中御門天皇の第7皇女
1808年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む