汐泊村(読み)しおとまりむら

日本歴史地名大系 「汐泊村」の解説

汐泊村
しおとまりむら

[現在地名]函館市新湊町など

銭亀沢村の枝村。汐泊川の河口一帯にあった。元禄郷帳に「汐とまり村」、天保郷帳に銭亀沢村の枝村として「汐泊」と記される。寛永一〇年(一六三三)巡見使が来島、松前から東は「潮泊」まで見分した(「新羅之記録」「松前年々記」など)シャクシャインの戦に関連して「津軽一統志」の「松前より下狄地所付」に「塩泊」とみえ、「川有 狄おとなコトニ 但ちやし有」、家一〇軒とある。また「塩泊の入江、西風にて船出す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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