江川河岸(読み)えがわがし

日本歴史地名大系 「江川河岸」の解説

江川河岸
えがわがし

[現在地名]熊谷市新川

江戸時代の江川村にあった荒川の河岸場。下久下しもくげ河岸ともよばれ、下久下村にあった可能性もある。明治七年(一八七四)江川・下久下両村が合併して新川しんかわ村となって以後は新川河岸と称された。寛政一二年(一八〇〇)の熊谷宿往還明細書上(新編熊谷風土記)に「米津出し河岸之儀は利根川荒川両所、荒川通阿部播磨守領分、武州大里郡江川河岸、右河岸より江戸表迄川路三十六里程、熊谷宿より道法一里余」とあり、秩父郡からの竹木筏下げの組立場でもあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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