江東六十四屯(読み)こうとうろくじゅうしとん(その他表記)Jiang-dong-liu-shi-si tun; Chiang-tung-liu-shih-ssǔ t`un

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「江東六十四屯」の意味・わかりやすい解説

江東六十四屯
こうとうろくじゅうしとん
Jiang-dong-liu-shi-si tun; Chiang-tung-liu-shih-ssǔ t`un

中国,清代に黒竜江 (アムール川) 東岸にあった満漢旗民が居住する 64の村屯所在地域。康煕帝は,黒竜江地方に迫ったロシア勢力を退けてネルチンスク条約を結び,黒竜江流域からロシア人を締出したが,1858年 (咸豊8年) に愛琿条約が締結されると,愛琿の対岸にあった江東六十四屯の所属が問題となり,条約文の解釈をめぐる対立が起った。さらに義和団事変の際,ロシアは東北地方の居留民保護を名目に 18万の兵を侵入させ,江東六十四屯で非戦闘員の中国人 5000人を虐殺した。

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