改訂新版 世界大百科事典 「江馬氏」の意味・わかりやすい解説
江馬氏 (えまうじ)
室町後期・戦国期の飛驒国吉城郡高原郷の領主。平経盛の子輝経を祖とするが疑わしい。1372年(文中1・応安5)江馬但馬四郎が,1471年(文明3)江馬左馬助が,飛驒岡本上下保など山科家領の確保を幕府から命ぜられている。ともに伊勢氏と関係があり,左馬助は《石山本願寺日記》に伊勢貞宗の庶子の由とみえ,江馬氏を継いだらしい。信濃守護小笠原氏とも姻戚関係にあり,応仁の乱には細川勝元方に属し,万里集九が訪れた89年(延徳1)には荒城郷にも進出していた。時盛は武田信玄と結んで上杉謙信と結ぶ南飛の三木氏に対抗し,1556年(弘治2)南進をはかって姉小路氏を破り,61年(永禄4)謙信の越中勢に下り,時盛を侵した輝盛は,64年信玄の部将山県昌景に攻められて下った。その後,輝盛は,織田信長と結んで勢力を拡大した三木自綱を討つべく,本能寺の変後の82年(天正10)10月,荒城郷八日町に戦って敗死し,江馬氏は滅びた。
執筆者:高牧 実
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報