三木氏(読み)みつきうじ

改訂新版 世界大百科事典 「三木氏」の意味・わかりやすい解説

三木氏 (みつきうじ)

飛驒の戦国大名。応永年間(1394-1428)京極氏の代官として南飛驒竹原郷に下向,土着したというが,確実な史料上の初見は文明3年(1471)。出自についても京極氏支流多賀氏一族説など諸説ある。直頼のとき,永正末年益田郡の大半を攻略して萩原上村に桜洞城を築城,大永年間(1521-28)には高山盆地に進出,本願寺門徒や高原の江馬氏,古川の姉小路氏などとの協調の上に飛驒での権力基盤を確立した。良頼,自綱(よりつな)の代には上杉氏,武田氏など周辺諸勢力と複雑に離合しつつ,1560年(永禄3)姉小路氏の名跡を継いで国司を号し,織田信長の美濃攻略以後は信長好誼を通じた。自綱は高山松倉城を築城(1579年という),82年(天正10)江馬輝盛を国府八日町合戦で撃破,翌83年国府の広瀬氏を敗走させ,白川地域を除く飛驒の大半を手中にして家督を秀綱に譲った。85年豊臣秀吉の命をうけた金森長近の侵攻で松倉城は陥落,秀綱は信州に逃亡して自殺し,自綱は許され,のち京都で死亡した。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の三木氏の言及

【飛驒国】より

…その後同氏は古河城に拠る古河家,小島城に拠る小島家,向小島城に拠る小鷹利家に分裂し,互いに離合を繰り返す。その間,京極氏被官三木(みつき)氏が南飛驒に台頭,萩原桜洞城を拠点に大永年間(1521‐28)には高山盆地へ進出した。 以後,高原川流域を拠点とする江馬氏,白川地域の内ヶ島氏,古川盆地の姉小路3氏,国府盆地の広瀬氏などのほか各地の小領主を交え,また白川照蓮寺,高原聞名寺を中心に教線を伸ばした浄土真宗勢力や,織田・上杉・武田等周辺戦国大名の勢力の影響をうけつつ,飛驒も戦国の時代となる。…

※「三木氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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