池田輝興(読み)いけだ てるおき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「池田輝興」の解説

池田輝興 いけだ-てるおき

1611-1647 江戸時代前期の大名
慶長16年1月15日生まれ。播磨(はりま)(兵庫県)姫路藩主池田輝政(てるまさ)の6男。母は徳川家康の娘督姫(とくひめ)(良正院)。備前岡山藩主の兄忠雄(ただかつ)より播磨佐用(さよ)郡2万5000石を分与され,慶長20年佐用藩主となる。寛永3年松平姓をゆるされ,8年兄政綱死去のため播磨赤穂(あこう)藩主に転じた。3万5000石。正保(しょうほ)2年乱心により妻(黒田長政の娘)を殺害,領地を没収された。正保4年5月17日死去。37歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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