精選版 日本国語大辞典 「汲黯」の意味・読み・例文・類語 きゅう‐あんキフ‥【汲黯】 中国、前漢の諫臣(かんしん)。字(あざな)は長孺(ちょうじゅ)。濮陽(河南)の人。武帝のとき主爵都尉となり、九卿に列せられた。しばしば朝廷に直諫し、武帝に「社稷(しゃしょく)の臣」といわせた。前一一二年没。 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「汲黯」の意味・わかりやすい解説 汲黯きゅうあんJi An; Chi Yen [生]?[没]元鼎5(前112)/元封2(前109)中国,前漢の武帝時代の諫臣。字は長孺。僕陽 (河南省清豊県南) の人。武帝のとき主爵都尉となり,九卿に列した。性豪直で丞相張湯,御史大夫公孫弘らを法律万能主義,天子におもねる佞巧の徒としてそしり,黄老の道,無為の政治を説いて上諫したがいれられず,淮陽太守にあること 10年で死す。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by