沓掛城跡(読み)くつかけじようあと

日本歴史地名大系 「沓掛城跡」の解説

沓掛城跡
くつかけじようあと

[現在地名]豊明市沓掛町

築城については不明である。「豊明町誌」は近藤氏家系図(飯田市近藤政展氏蔵)により「近藤宗光沓掛城に住す」と記す。近藤家は歴代沓掛城主であった。近藤九十郎景春墓誌銘に「至景春 今川義元桶(狭)間役敗焉 景春戦死于大高根沓掛城 実永禄三年庚申五月二十一日也」とある。景春は今川義元に味方したが、沓掛城は落城した。

弘化四年(一八四七)の村絵図(徳川林政史蔵)によれば、城跡が二ヵ所ある。一つは沓掛町薬師(やくし)ヶ根(ね)から北畑(きたはた)に広がる所で、下高根(しもたかね)の氏神一之御前(いちのごぜん)社のそばである。社殿は小高い山の頂上にある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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