沢庵墓(読み)たくあんのはか

国指定史跡ガイド 「沢庵墓」の解説

たくあんのはか【沢庵墓】


東京都品川区北品川の臨済宗大徳寺派東海寺にある沢庵宗彭(そうほう)の墓。臨済宗の僧として書画・詩文にも通じ、多くの墨跡を残した沢庵宗彭は、1573年(天正1)、但馬国出石(いずし)(現兵庫県豊岡市)に生まれた。大徳寺(京都府京都市)や南宗寺(なんしゅうじ)(大阪府堺市)の住持をつとめていたが、それまで朝廷の権限であった高僧への紫衣(しえ)着用の勅許を江戸幕府が無効としたことを発端とする紫衣事件で、出羽国上山(かみのやま)に配流された。その後、3代将軍徳川家光のときに特赦を受け、1639年(寛永16)、沢庵に帰依した家光が沢庵を開山として東海寺を創建した。1646年(正保2)に沢庵は江戸で没し、「墓碑は建ててはならぬ」との遺誡(いかい)を残したが、ここ東海寺と生まれ故郷の沢庵寺とも呼ばれる宗鏡寺(すきょうじ)(兵庫県豊岡市)に墓が残る。2基の石灯籠を手前にして、低い石垣に囲われた墓は、台石の上に漬物石のような石が載せられており、作庭家として知られる小堀遠州(こぼりえんしゅう)が設計したという説もある。1926年(大正15)に国の史跡に指定された。京急本線新馬場駅から徒歩約5分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報