沢野忠庵(読み)サワノチュウアン

精選版 日本国語大辞典 「沢野忠庵」の意味・読み・例文・類語

さわの‐ちゅうあん【沢野忠庵】

  1. 「フェレイラ」の日本名。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「沢野忠庵」の解説

沢野忠庵 さわの-ちゅうあん

1580-1650 ポルトガルの宣教師。
イエズス会士。慶長14年(1609)長崎につき,京都,大坂布教。寛永10年拷問をうけて棄教し,宗門改め協力。反キリシタンの書「顕偽録」をあらわすが,「天文備用」や「南蛮流外科書」などで天文学,西洋医学も紹介した。慶安3年10月11日死去。70歳。本名はクリストバン=フェレイラ。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「沢野忠庵」の意味・わかりやすい解説

沢野忠庵
さわのちゅうあん

「フェレイラ」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の沢野忠庵の言及

【フェレイラ】より

…イエズス会司祭。のち棄教して,日本名沢野忠庵を名のる。ポルトガルのトレス・ベドラス出身。…

【切支丹物(吉利支丹物)】より

…近代に入って(明治6年解禁後),南蛮趣味の流行もあり,まず木下杢太郎の連作《南蛮寺門前》(1909作),《絵踏(えぶみ)長崎殉教奇談》(1913作),《天草四郎》(1914作),《常長》《訴人》(以上1928作)などが現れ,近代人の苦悩を重ねあわせて描いている。ほかに小山内薫の《吉利支丹信長》(1926作),岡本綺堂の《切支丹屋敷》(1913作),長田秀雄の《沢野忠庵》(1927作),松居松葉の《聖母(サンタ)・(マリア)》(1923年5月明治座)など。戦後も石川潭月の舞踊劇《切支丹道成寺》や,田中千禾夫,遠藤周作らの切支丹を題材とした作品がある。…

※「沢野忠庵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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