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河合智月 かわい ちげつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河合智月 かわい-ちげつ

1633?-1718 江戸時代前期-中期の俳人。
寛永10年?生まれ。近江(おうみ)大津の伝馬役兼問屋河合佐右衛門の妻。夫の死後尼となり,弟の俳人乙州(おとくに)を養子とする。松尾芭蕉(ばしょう)に師事し,元禄(げんろく)2年以降,芭蕉を家にむかえる機会がおおく,「幻住庵記」を形見におくられた。享保(きょうほう)3年死去。86歳?山城(京都府)出身。姓は川井ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

河合智月

没年:享保3(1718)
生年:寛永10頃(1633)
江戸初期の俳人。山城国(京都府)宇佐の生まれ。大津の伝馬役兼問屋役河合佐右衛門の妻。貞享3(1686)年ごろ夫に死別して尼となり,弟の乙州(芭蕉に「梅若菜鞠子の宿のとろろ汁」の餞別句を送られた蕉門の俳人)を養嗣子とした。蕉門きっての女性俳人として知られ,元禄2(1689)年12月以降,芭蕉を自宅に迎える機会が多く,同4年東下する芭蕉から『幻住庵記』を形見に贈られた。森川許六はその作風を「乙州よりまさる」(『俳諧問答』)と評しながら,「五色の内,ただ一色を染め出だせり」(『青根が峯』)と単調,平板な点も指摘している。

(加藤定彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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