河窪信俊(読み)かわくぼ のぶとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河窪信俊」の解説

河窪信俊 かわくぼ-のぶとし

1564-1639 織豊-江戸時代前期の武士
永禄(えいろく)7年生まれ。武田信実の子。武田氏滅亡後徳川家康につかえ,甲斐(かい)(山梨県)川窪を領地として河窪姓を称する。小牧長久手(ながくて)の戦い,関ケ原の戦い,大坂の陣にくわわり,のち伏見城で大番頭(おおばんがしら)となった。寛永16年2月14日死去。76歳。通称は新十郎,与左衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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