河野通清(読み)こうの みちきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河野通清」の解説

河野通清(1) こうの-みちきよ

?-1181 平安時代後期の武将
河野親清(ちかきよ)の子。伊予(いよ)(愛媛県)の豪族治承(じしょう)4年(1180)源頼朝に呼応して子の通信(みちのぶ)とともに高縄山城で挙兵し,伊予の目代(もくだい)(代官)を討つ。養和元年2月平家方の備後(びんご)(広島県)の奴可(ぬか)入道西寂(さいじゃく)や阿波(あわ)(徳島県)の田口成能(しげよし)らに攻められ,討ち死にした。通称は新大夫,四郎

河野通清(2) こうの-みちきよ

河野界浦(こうの-かいほ)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

関連語 河野界浦

世界大百科事典(旧版)内の河野通清の言及

【河野氏】より

…中世の伊予国(愛媛県)の豪族。古代の越智(おち)氏の流れをくむと伝えられる。風早郡河野郷(現,北条市)を根拠地とする。源平合戦時に,通清・通信父子が源氏方にくみして勢力をのばし,戦後は御家人の地位を得て伊予国最大の武士団に成長した。その支配領域は,風早郡を中心にして中東予に及んだ。承久の乱(1221)では通信が京方に味方し,所領所職の大半を失ったが,その子通久が鎌倉方についたのでかろうじて命脈を保った。…

※「河野通清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む