日本歴史地名大系 「泉尾新田」の解説 泉尾新田いずおしんでん 大阪府:大阪市大正区泉尾新田[現在地名]大正区泉尾一―七丁目・三軒家東(さんげんやひがし)五―六丁目・三軒家西(さんげんやにし)三丁目・千島(ちしま)一丁目・同三丁目・北村(きたむら)一―二丁目など三軒屋(さんげんや)村の西に位置する。北西は尻無(しりなし)川を挟んで市岡(いちおか)新田(現港区)。近世初期には三軒家浦・三軒屋島とよばれる砂洲あるいは葦原であった。元禄年間(一六八八―一七〇四)和泉国踞尾(つくのお)村(現堺市)の北村六右衛門が開発、地名も出身地の「泉」「尾」の一字ずつをとって名付けられた(西成郡史)。元禄一一年一〇月の差上申一札之事(京都大学蔵)によると、「大坂川口三軒屋村本田堤之外海表葭刈捨場」を、高一千石に付き地代金三千五〇〇両を上納して請負った六右衛門は、四年後の検地高入・年貢納入・諸役負担を約して開発に取りかかっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by