泊稲荷神社(読み)とまりいなりじんじや

日本歴史地名大系 「泊稲荷神社」の解説

泊稲荷神社
とまりいなりじんじや

[現在地名]古宇郡泊村大字泊村

旧村社。祭神は保食神。一六八二年(天和二年)五月番屋開設に伴い、フルウ場所請負人福島屋田付家により創建されたという(泊神社史)。一八〇一年(享和元年)九月に京都伏見稲荷神社より分霊を勧請し、新たに社殿造営。社殿は三七年(天保八年)・五三年(嘉永六年)に修復。一八四四年(弘化元年)五月には播磨国海神社(現兵庫県明石市か)の大海津見神と讃岐金刀比羅ことひら宮の金刀比羅神とを勧請、合祀した。六一年(文久元年)請負人・支配人番人・浜名主らの協議で社殿の新築が計画され、出羽国塩越しおこし(現秋田県象潟町)の木匠に発注、精巧な彫刻が施された総欅造の建材が完成、翌六二年五月に陸揚げされ、釘を用いない楔止め組立ての本殿が落成した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 比類

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む