波多岐庄(読み)はたきのしよう

日本歴史地名大系 「波多岐庄」の解説

波多岐庄
はたきのしよう

現中魚沼郡・十日町市に所在した庄園。庄内の地名として入馬いるま今泉いまいずみ(現十日町市)深見ふかみ(現津南町)倉俣くらまた(現中里村)大井おおい(現津南町か十日町市)など信濃川右岸のもののほか、上野うえの(現川西町)のように信濃川左岸のものもみえ、当庄が信濃川の両岸に広がり現中魚沼郡・十日町市のほぼ全域を含んでいたことが推察される。この範囲は妻有つまり庄の庄域と重なり、当庄の名が天文二二年(一五五三)以降みえなくなるのに対し、中世末から近世には、南北朝期から現れる妻有庄の名がこの地域の呼称としてもっぱら用いられる。「吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月一二日条に載る関東知行国乃貢未済庄々注文に「波多岐庄」とみえ、治承・寿永の内乱によって年貢が運上されなくなったため、知行国主である源頼朝にその催促が依頼されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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