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青苧座 あおそざ

世界大百科事典 第2版の解説

あおそざ【青苧座】

中世後期,繊維原料である青苧(カラムシ)の特権的な取引を行っていた商人。青苧特産地であった越後国の府中,近江国の中継港坂本,青苧取引市場の京都や天王寺等の各地に成立し,三条西家を本所としていた。三条西家が青苧諸座の本所となったのは,14世紀末に正親町(おおぎまち)三条家が知行していた苧(からむし)課役徴収権を継承したことに由来するものであろう。これ以後,三条西家は苧商売に課税するため,美濃,丹波や坂本に苧公事徴収代官を派遣したり,京都に入る諸口に苧公事徴収のための関所を設けたりした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

青苧座
あおそざ

中世後期、青苧商人が結成した座。大坂の天王寺、京都、近江の坂本、越後の府中などにあった。南北朝末期、正親町三条(おおぎまちさんじょう)家から三条西(さんじょうにし)家が座役徴収権を継承し、とくに越後にまで赴いて手広く活動する天王寺商人の座を掌握した。応仁・文明の乱前後から荘園年貢収入が激減したため、三条西実隆(さねたか)は青苧役徴収の強化に乗り出し、丹波・美濃などに苧公事(からむしくじ)代官を派遣し、若狭の小浜(おばま)では守護の力を借りて入港する苧船への賦課にも努めた。また越後の苧座商人が、天王寺座商人の独占権を無視して商売するのに抗議したが、長尾氏と結び付いた伊勢出身の商人蔵田五郎左衛門が座頭として座役徴収にあたり、京都に赴いて役銭の減額交渉にあたった。しかし1527年(大永7)2月、実隆が蔵田に与えた50貫文の請取に「当年御公用之内」とあるところからみて、三条西家の座役収入は相当の額に及んでいた。戦国末期には上杉謙信が直江津(なおえつ)、柏崎(かしわざき)などで青苧役徴収を強化したことから天王寺本座の独占は解体したらしい。[永原慶二]
『脇田晴子著『日本中世商業発達史の研究』(1969・御茶の水書房) ▽小野晃嗣著『日本中世商業史の研究』(1989・法政大学出版局)』

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世界大百科事典内の青苧座の言及

【伊勢猿楽】より

…伊勢神宮の正月と4月の神事に勤仕していた猿楽座で,和屋,勝田,青苧(あおそ∥あおお)(青王(あおお))の3座があった。《風姿花伝》神儀編の諸国の猿楽座について記した個所に〈伊勢,主司(しゆし),二座〉とある。〈主司〉は〈呪師〉であり,伊勢猿楽が平安・鎌倉期の寺院の修正会・修二会で〈走り〉と呼ばれる芸を演じていた呪師の系統の座であることが示されている。〈二座〉とあるが,四巻本系の《風姿花伝》ではこのあとに〈和屋,勝田。…

※「青苧座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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