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波多野敬直 はたの よしなお

美術人名辞典の解説

波多野敬直

明治~大正時代官吏。小城藩士久蔵の長男。幼きより俊才の称あり。司法省に出仕尓後東京控訴院検事長に補せられ司法次官・司法省総務長官兼官房長になり、後貴族院議員に勅選せられ男爵を授けられる。在任中種々困難なる問題を解決、その功により子爵に陞る。大正11年(1922)歿、73才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

波多野敬直 はたの-よしなお

1850-1922 明治-大正時代の官僚。
嘉永(かえい)3年10月10日生まれ。肥前小城(おぎ)藩(佐賀県)藩士の子。明治7年司法省にはいり,函館控訴院長,東京控訴院検事長などをへて,36年第1次桂内閣の法相となる。39年貴族院議員。44年東宮大夫。大正3年から9年まで宮内大臣をつとめた。大正11年8月29日死去。73歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

波多野敬直

没年:大正11.8.21(1922)
生年:嘉永3.10.10(1850.11.13)
明治大正期の司法・宮内官僚。肥前小城藩(佐賀県)藩士波多野久蔵の子として生まれ,興譲館草場船山に学ぶ。維新後,その才能が認められて藩の命令で明治5(1872)年南校に入学,ドイツ法を学ぶ。7年司法省に入省,以降順調な道を歩み,32年司法次官,36年には第1次桂太郎内閣で司法大臣となる。さらに39年には貴族院議員に勅選される。大正3(1914)年宮内大臣となり,大正天皇即位の大礼を司る。宮内大臣としての彼は元老山県有朋の下で,大正天皇をめぐる種々の難問に対処した。

(季武嘉也)

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