波寄村(読み)なみよせむら

日本歴史地名大系 「波寄村」の解説

波寄村
なみよせむら

[現在地名]福井市波寄町

丹生山地の北縁に東西に細長く延びる砂地の小丘陵東麓に位置する。背後の山を鶉(うずら)山とよぶ。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図は「浪寄村」と記し、高三一四〇・六三九石とあり、正保郷帳以降は波寄村と記される。同帳によれば田方二千九〇一石・畠方二三九石余。正保二年(一六四五)福井藩領から吉江藩領と松岡藩領の割郷となったが、延宝二年(一六七四)吉江藩が、享保六年(一七二一)には松岡藩が廃藩となり再び全村福井藩領となった。


波寄村
はきむら

[現在地名]本匠村波寄

宇津々(うつつ)村の南にあり、番匠(ばんじよう)川中流域両岸に沿って集落が点在。波木・波岐・波崎とも記す。慶長一六年(一六一一)の中野村指出帳(佐伯藩政史料)に村名がみえ、高一〇六石余。正保郷帳では田高一六石余・畑高九〇石余、上村(かみのむら)郷に属した。元禄見稲簿では中野(なかの)村の内とみえ、無高。旧高旧領取調帳では高一二七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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