洞玄寺(読み)とうげんじ

日本歴史地名大系 「洞玄寺」の解説

洞玄寺
とうげんじ

[現在地名]福知山市字石原

綾部街道から竹田たけだ(現兵庫県市島町)への街道が分れる南西の角、およそ平地から比高二〇メートルほどの台地の末端部にある。山号金光山、曹洞宗、本尊釈迦如来。

この地は古城跡(豪族屋敷跡)であり、「丹波志」に「在中往来ヨリ二十間斗上ル山ノ上ニ城跡有」「凡五十間四面沢堀有、四方トモ、今ハ洞玄寺境内也」「洞玄寺ノ地ハ洞玄隠居ノ地也ト云」とあり、また「古城主大槻安芸守政治、法名大槻院殿洞玄大居士、妻ハ金光院殿如円大姉、二代目与門、両親ノ墓ノ下ニ墓夫婦共ニ在、三間四面有リ、金光山洞玄寺ノ開基也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む