津和野奥筋往還(読み)つわのおくすじおうかん

日本歴史地名大系 「津和野奥筋往還」の解説

津和野奥筋往還
つわのおくすじおうかん

津和野城下と津和野藩飛地領を結ぶ近世の道。元和三年(一六一七)亀井政矩は津和野への転封を命じられたが、同藩領一三五ヵ村(四万三千四六八石余)一七組のうち五三ヵ村六組は次の三つの飛地となっていた。現益田市域内の北仙道組七ヵ村地域、現三隅(みすみ)町内の井野村組一村地域、および現弥栄(やさか)村・浜田市域内の長安組一三ヵ村、現金城(かなぎ)町・旭(あさひ)町域内の波佐組一〇ヵ村、現金城町・旭町・浜田市域内の久佐組一二ヵ村、現石見町・旭町・桜江(さくらえ)町・金城町域内の日貫組一〇ヵ村を合せた地域の三ヵ所である(以上「津和野町史」など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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