津幡川(読み)つばたがわ

日本歴史地名大系 「津幡川」の解説

津幡川
つばたがわ

町域中央部を西に向かって貫流する二級河川。流程約一一キロ。一般には吉倉(よしくら)川と笠野(かさの)川の合流点下流からを津幡川と称し、南流して富田(とみた)付近で倶利伽羅(くりから)山を水源とする刈安(かりやす)川を合流、以後西流し東荒屋(ひがしあらや)で材木(ざいもく)川、杉瀬(すぎのせ)で倉見(くらみ)川と明神(みようじん)川を合流し、津幡・加賀爪(かがつめ)の市街地を抜けて川尻(かわしり)の西で河北潟東部承水路に注ぐ。「三州地理志稿」は荒屋村までの西流を竹橋(たけのはし)川とし、以後を津幡川とよんでいる。

安政六年(一八五九)川尻村のやや川上に鎧(よろい)堰という常設の水門が加賀藩の認可で設置され、以後当川は川尻用水とも称された(「川尻用水普請可取懸申渡書」川尻区有文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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