朝日日本歴史人物事典 「津田米次郎」の解説
津田米次郎
生年:文久2.6.8(1862.7.4)
明治時代の絹布人絹動力織機発明者。加賀(石川県)の代々の大工職人で父吉之助も洋式の製糸機械の製作に従事したが,米次郎も織機発明を志し京都府立の織殿や大阪の住友製糸場に入り西洋の技術の習得に努めた。金沢に帰郷し織機や製糸機械の案出改良に尽力,地元の羽二重機業者らの援助を受けて,水車動力による津田式力織機の発明に成功し明治35(1902)年の内国勧業大博覧会に出品した。やがてこの絹布力織機は全国に普及し,羽二重など絹織物業の力織機化に貢献した。洋式織機が入ると地方的特色を持った織機が諸所で発明考案されるが,米次郎もそのなかで活躍した職人の発明家。<参考文献>塚田凡堂『津田式織機発明者津田米次郎』
(菊池俊彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報