流ヶ岡(読み)ながれがおか

日本歴史地名大系 「流ヶ岡」の解説

流ヶ岡
ながれがおか

瓶原(みかのはら)の東部にある小高い丘。南東麓を木津(きづ)川が流れる。

もと、この丘は泉(いずみ)川(木津川)の上流笠置(かさぎ)山の麓の川中にあった岩山であったという。東大寺建立に際し、用材を伊賀国より筏にして流そうとしたが、その岩山が障害となった。そこで良弁が千手の秘法を修して岩山を打ち砕き、材木を流せるようにしたという。その砕けた岩山の一つが流れ、この地にとどまったのが流ヶ岡であり、いま一つは綴喜郡田辺(たなべ)町の飯岡(いのおか)と伝える。「山州名跡志」は「瓶原西鴨渡上川畔松山是也、此山載東大寺大仏記、初従此一里余川上笠置山ノ北ノ麓、泉川ノ中ニアリ、流レテ此所ニ止ル」と記し、以下「東大寺大仏記曰」として前記の伝えを記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む