浄円寺跡(読み)じようえんじあと

日本歴史地名大系 「浄円寺跡」の解説

浄円寺跡
じようえんじあと

[現在地名]熊本市西子飼町

西子飼にしこかい町東側のほぼ真ん中、春松しゆんしよう閣のほぼ正面、鋤身崎すきのみざき通に面していたが、昭和四一年(一九六六)保田窪本ほたくぼほん町に移った。呼埜山と号し、真宗大谷派、本尊阿弥陀如来由緒について「国誌」に「慶長三年豊前呼野ニ於テ寺地ヲ構ヘ、忠利君御入国ノ時、住持永純当国ヘ来リ、其後寺地ヲ賜フテ造立、寛永十七年当寺ヲ永尊ニ譲リ永純ハ玉名郡内田村金光寺ニ住ス」とある。しかし「熊本区誌」は、「寛永二年乙丑豊前小倉ニ於テ僧永信開基創建ス、同九年壬申今ノ地ニ移」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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