浄土寺遺跡(読み)じようどじいせき

日本歴史地名大系 「浄土寺遺跡」の解説

浄土寺遺跡
じようどじいせき

[現在地名]安濃町浄土寺

浄土寺集落の南、安濃川とその支流穴倉あなくら川に挟まれた標高一二―一四メートル、比高約一メートルの沖積地に位置する。昭和五五―五六年(一九八〇―八一)に発掘調査され、弥生時代から中世にかけての、奈良平安時代を中心とする集落跡であることが確認された。奈良時代では一七棟の竪穴住居が検出され、一辺三―四メートルの方形プランの住居には竈をもつものが多い。一ヵ所で九棟の住居が相次いで建替えられているところもある。竪穴住居は次の平安時代にも継続され、九棟を確認している。この時期には二四棟以上の掘立柱建物が二時期以上にわたって建てられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む