浅服庄(読み)あさはたのしよう

日本歴史地名大系 「浅服庄」の解説

浅服庄
あさはたのしよう

鎌倉期からみえる庄園。静岡平野の北部、ともえ川とその支流浅畑あさばた川の合流点付近(現流通センターなど)にはかつて浅畑沼が広がっており、庄域はその一帯に比定される。西・北・東の三方竜爪りゆうそう山南側の山並に囲まれているが、南は平地で、安東あんどう庄に接する。公家葉室定嗣の日記「葉黄記」宝治元年(一二四七)五月二一日条によると、後嵯峨院の評定において「浅服庄」のことが論議されている。嘉元四年(一三〇六)四月一四日の時家譲状(千竈文書)に「一、するかのくにあさはたのしやうのうち、きたむらのかう」とみえ、当庄北村きたむら郷の郷司職を、得宗被官千竈時家が烏丸女房の死後に嫡子貞泰に譲るとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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