日本歴史地名大系 「浅草北清島町」の解説 浅草北清島町あさくさきたきよしまちよう 東京都:台東区旧浅草区地区浅草北清島町[現在地名]台東区東上野(ひがしうえの)六丁目など浅草清島町が新寺町(しんてらまち)通(現浅草通)を境に南北に分けられ、明治五年(一八七二)浅草北清島町が成立。このとき旧浅草東岳寺(あさくさとうがくじ)門前・浅草(あさくさ)西光寺(さいこうじ)門前・浅草(あさくさ)正安寺(しようあんじ)門前・浅草(あさくさ)西照寺(さいしようじ)門前・浅草(あさくさ)法福寺(ほうふくじ)門前・下谷埋堀辻番(したやうめぼりつじばん)屋敷・浅草(あさくさ)源空寺(げんくうじ)門前・浅草灯明寺(あさくさとうみようじ)門前が当町に属した。同年に旧松前藩邸および寺地を合併し、同六年には浅草光月(あさくさこうげつ)町の飛地を合併した。同七年以降旧浅草東岳寺門前と同寺地および専修院寺地(以上、現松が谷一丁目)は浅草北松山(あさくさきたまつやま)町へ編入、旧浅草灯明寺門前と同寺地(以上、現北上野二丁目)は下谷山伏(したややまぶし)町へ編入された。浄土宗西光寺は元和年中(一六一五―二四)の起立。初め浅草御蔵前(あさくさおくらまえ)で年貢地を借り居住していたが、この地所は寛永一二年(一六三五)西福(さいふく)寺に与えられたため西光寺をはじめとする一四ヵ寺は寺地を失い困窮し、寺社奉行に訴え出た結果、翌一三年日蓮宗不受不施派の寺など六ヵ寺を除く八ヵ寺が浅草新寺町で寺地を割当てられたという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by