浅草寿松院門前(読み)あさくさじゆしよういんもんぜん

日本歴史地名大系 「浅草寿松院門前」の解説

浅草寿松院門前
あさくさじゆしよういんもんぜん

[現在地名]台東区鳥越(とりごえ)二丁目

浅草福富(あさくさふくとみ)町一丁目の北にある。浄土宗寿松院の門前に成立した町屋。寿松院は無量(むりよう)寺と号し、文禄三年(一五九四)鍛冶(かじ)橋御門内に創建され、慶長八年(一六〇三)柳原(やなぎはら)雁淵(現千代田区)に移り、さらに正保元年(一六四四)新堀(しんぼり)川南端西側の当地に移転した(寺社備考)。門前町屋は柳原にあった頃には開設されており、当地移転の際にも公許された。寛文八年(一六六八)下谷黒鍬(したやくろくわ)町から出た火事で類焼したのに伴い、翌九年東・南の二間、北三尺(坪数二八四坪余)が道敷に収公され、享保一七年(一七三二)には火除地として東西の角一八九坪を収公された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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