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浅草市人 あさくさの いちひと

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浅草市人 あさくさの-いちひと

1755-1821* 江戸時代後期の狂歌師。
宝暦5年生まれ。江戸浅草の質商。天明4年ごろ狂歌の道にはいる。頭光(つむりの-ひかる)の伯楽連に属し,頭光の没後,壺側(つぼがわ)をたてて主宰した。文政3年12月28日死去。66歳。江戸出身。姓は大垣。通称は伊勢屋久右衛門。別号に壺々陳人,浅草庵(初代)。編著に「男踏歌」,「東遊(あずまあそび)」(葛飾(かつしか)北斎画)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

浅草市人

没年:文政3.12.28(1821.1.31)
生年:宝暦5(1755)
江戸時代の狂歌作者。大垣氏。通称は伊勢屋久右衛門,号は壺々陳人,都響園。江戸浅草田原町で質屋を営み,浅草寺境内伝法院裏の別荘で起居したといわれる。狂名はその職業にちなんだもの。天明4(1784)年ごろより狂歌界に参加。はじめ四方赤良(大田南畝)と親しく,天明6年ごろより本格的活動を始める。寛政初年(1789年頃)より三陀羅法師らと共に頭光に従って伯楽連に属した。寛政8(1796)年頭光が没したのち,同9年1月に壺側をたて,その主宰者となった。頭光より,南畝の号でもあった巴人亭の号を譲られたが,光没後これを返上して初代浅草庵と号した。狂歌は晩年まで天明調を残している。

(園田豊)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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