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浅野光晟 あさの みつあきら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浅野光晟 あさの-みつあきら

1617-1693 江戸時代前期の大名。
元和(げんな)3年8月12日生まれ。浅野長晟(ながあきら)の子。母は徳川家康の娘振姫。寛永4年松平姓をゆるされる。9年父の跡をつぎ,安芸(あき)広島藩主浅野家2代となる。遺領のうち5万石を庶子の兄浅野長治(ながはる)にわけて,支藩備後(びんご)(広島県)三次(みよし)藩とした。元禄(げんろく)6年4月23日死去。77歳。

出典|講談社
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世界大百科事典内の浅野光晟の言及

【安芸国】より

…旧国名。芸州。現在の広島県西半部。
【古代】
 山陽道に属する上国(《延喜式》)。7世紀中ごろまでこの地域は阿岐国造の勢力下にあったが,律令体制が整備されると安芸国がつくられ,698年(文武2)には安芸国という国名がみえる(《続日本紀》)。国府は,9世紀後期ごろには安芸郡にあったといい,現安芸郡府中町に所在したことがわかるが,律令制当初から安芸郡にあったのか,それとも国分寺・国分尼寺の遺跡がある賀茂郡の西条盆地にあったのかは,結論が出ていない。…

【浅野氏】より

…近世大名。外様。清和源氏頼光流土岐光時が尾張国丹羽郡浅野村に住して浅野氏を称し,その後裔長勝に起こるとする。長勝の婿養子が長吉(のち長政)で,織田信長に仕えたが,豊臣秀吉とは相婿であるため,豊臣政権では重んじられて五奉行の首座に列した。1587年(天正15)九州征討後,若狭一国を与えられ,文禄の役には軍監として朝鮮に渡り,功により93年(文禄2)嫡子幸長(よしなが)とともに甲斐国に移り21万石余を領した。…

【備後国】より

…旧国名。現在の広島県東部。
【古代】
 山陽道に属する上国(《延喜式》)。古く吉備(きび)国といわれた地域の一部で,大化改新後に吉備総領が任ぜられたが,天武・持統朝ごろ分割されて,備前,備中,備後国が成立した。697年(文武1)閏12月には正史に備前,備中という国名が記されているので,当然備後国も存在したはずである。国府は《和名類聚抄》には葦田(あしだ)郡にありと記され,現在の広島県府中市域の旧国府村大字府川の地にあったと考えられる。…

※「浅野光晟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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