浅野長治墓(読み)あさのながはるのはか

日本歴史地名大系 「浅野長治墓」の解説

浅野長治墓
あさのながはるのはか

浅野長治(一六一四―七五)は三次初代藩主。墓は鳳源寺の裏比熊山の南面する中腹、城下が一望できる所にある。長治は延宝三年江戸で死去、遺体は三次へ送られ二月一九日埋葬された。積石塚の前に墓石があり、表面に「従五位下浅野氏故因州大守源長治公碑」、裏面に「延宝三年歳次乙卯正月十九日薨」とある。「双三郡誌」には「昔は朱塗の廟屋あり、碑面の文字は金泥にて染め出し、五十基石灯籠立並びしが、今は其面影を存せず」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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