浜子村(読み)はまのこむら

日本歴史地名大系 「浜子村」の解説

浜子村
はまのこむら

[現在地名]婦中町浜子

井田(いだ)川中流右岸と牛(うし)ヶ首(くび)用水の間に位置し、北は田屋(たや)村、西は中島(なかじま)村。天和二年(一六八二)岩住(いわずみ)村が黒田(くろだ)村・寺家(じけ)村(現八尾町)と当村に分れたという(婦負郡志)。大彦命が越中国に下向の際、若狭より従ってきた浜子を当地に住まわせ、その後もその子孫が住んだのでこの名がついたという大彦命伝説もある(肯泉達録)。しかしこの辺りは明治期にもなお神通川を遡行、合場(あいば)川を経て舟が往来した。


浜子村
はまごむら

[現在地名]平内町浜子

東は清水川(しみずがわ)村・薬師野(やくしの)村、南は松野木(まつのき)村、西は沼館(ぬまだて)村に接し、北は陸奥湾に面する。享保六年(一七二一)頃の弘前勘定奉行所領内新古村名帳(平内志)には浜江村となっており、小湊(こみなと)の神明宮は最初、慶長年間(一五九六―一六一五)に七戸隼人が浜子村に創建し、寛永八年(一六三一)に沼館村(場所は変わらないが、地籍が変わり現小湊前萢)に遷座した(創立棟札写)というから古い村であったが、天保郷帳の村高わずかに〇・四石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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