浜田城(読み)はまだじょう

日本の城がわかる事典 「浜田城」の解説

はまだじょう【浜田城】

三重県四日市市にあった城。1470年(文明2)に、田原孫太郎景信の三男田原美作守忠秀が築いたといわれる。その後、子孫藤綱元綱が入城し、この城を拠点に一帯を領有したが、1575年(天正3)の織田信長の伊勢侵攻で、信長の部将の滝川一益に攻められて落城し、廃城となった。現在、城跡は鵜森神社の境内になっており、神社の周囲に土塁が残っている。また、同神社南側の池は、かつての浜田城の堀の一部である。近鉄名古屋線近鉄四日市駅から徒歩約5分。◇鵜森城ともよばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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